January 03, 2010

三菱一号館竣工記念「一丁倫敦と丸の内スタイル展」@三菱一号館

三菱一号館竣工記念「一丁倫敦と丸の内スタイル展」
@三菱一号館, 2009年9月3日-2010年1月11日

2010年春の開館に向けたプレ展示。1894年ジョサイア・コンドルによって設計された三菱一号館は、1968年一部の部材を残し解体されたが、2003年より丸の内の再開発に向け、当時の図面や資料をもとに、当時の建物を復元設計計画が持ち上がり、2009年春竣工された。

本展では、江戸末期から現在に至る丸の内一帯の都市計画の変貌と、復元計画にあたり、参照された図面(コピー)、資料、写真、当時の建物部材の一部が公開されている。

余談だが、コンドルは河鍋暁斎に絵を習っていたんですね。おもしろい人に、師事するなと思いましたが、上手だったようです。

それとやっぱり、建築図面のアーカイヴとか重要ですね。。。(実感)

投稿者 raumraum : 10:33 PM | コメント (0)

江戸の彩り@浮世絵太田記念美術館 / The Color of Edo

開館30周年記念「江戸の彩り - 珠玉の浮世絵コレクション」
@浮世絵太田記念美術館, 2010年1月3日-2月24日

開館30周年記念で、太田記念美術館が収蔵する浮世絵の中から、150点余りを厳選し、浮世絵初期〜近代までの変遷を紹介している。前後期日程で、巻き返し(頁替え)以外は、全て入れ替わるので、両日程見た方がいいかもしれない。

着物の描写において大胆な紋様構成から陰影を入れるようになるまでの変化、江戸末期頃のものに見られる近代日本画との繋がりを感じさせる背景・風景描写の変化など、細かく見ると発見がいっぱいです。前後の時代の画風を知っているとより楽しめるかもしれません。

版本がおもしろかった。喜多川歌麿の『潮干のつと』とか、文字の入り方と画面描写のきめの細かさがかっこいいし、うまい。窪俊満『百さへつり』や葛飾北斎の『春のみやひ』に描かれた波はエンボスになってました。

それにしても歌麿は、他の浮世絵をみても、卓越した技術に基づく細かい部分の描写力はピカイチ。ちょっと別格。また、北斎87歳のときの『羅漢図』は、もういっちゃってます。北斎は各時期において、常にイノベーターですけど、晩年の画風は、囚われるものもないような超越した奔放さ、力強さがあってすごいですね。

軸の表装も見事なものがあるので、ぜひご覧あれ。

投稿者 raumraum : 10:25 PM | コメント (0)

January 01, 2010

2009年展覧会色々 / Überblick über Ausstellungen in 2009

2009年の展覧会を振り返ると、来館者数を気にせざるえない、それはそれで必要な美術館の展覧会とは別に、良質な企画を逞しく地道に実践してこられたと思われる展覧会が、異彩を放っていたように思う。

また、それらの展覧会企画に通底していることは、扱っている事柄や時代は違っても、「時代」を映す、「時代」への眼差しといったことであったかと思う。

レビューとして、印象に残った3つの展覧会を開催順にいくつかあげておく。


「ヴィデオを待ちながら映像、60年代から今日へ - Waiting for Video: Works From the 1960s To Today」
@東京国立近代美術館, 2009年3月31日-6月7日

まず、いわゆるヴィデオ映像作家として知られる人々の作品はあまり見られないし、ヴィデオアートの歴史を追う展覧会でもない。1960年代半ば以降、絵画や彫刻といった従来の造形芸術に携わってきた作家達が、美術の枠組みを見直し、個別に分かれた領域を横断していこうとした時代性の中で、その探求方法の一つとして、当時出始めたヴィデオカメラを手にとり、自分の身体を使って実験を繰り返してみる。その結果として生まれた映像作品が大半である。

フィードバック機能をもちいて記録と再生のディレイを反復する、カメラに向かって単純な同じ身体の動きを反復する。カメラを通して映/写される自分の身体と、それを即時にモニター越しに見つめる自分。そのような構図の作品の数々が印象に残ったように思う。「うつす」という行為は視覚造形の宿命であり、造形家たちはテクノロジーによってもたらされた各時代の「眼」を駆使して、忠実にうつさんとする。それをここでは、作家達はヴィデオを通して、自分の身体を映/写してみるのだが、その行為が肯定とも否定ともしがたい対峙となって表れている。鏡のように自分を写し、同時に記録(=メディアに定着)する。しかし、それは自分そのものではないと証明しようとするかのように反復し、はたして映ってしまっているのは、一体何であるのかを内観しようとする。
残される作品以上に、表現行為そのものの意味を見つめようとしているのであり、その姿勢に眼差しをやり、次の時代(今)に通ずる普遍/不変的問題を模索する表現活動を眺めようとした展覧会であったように思う。それ故に、作品から何かを得ようする人にとっては、脈絡も見えず反復する映像の断片の集合を前に、途方に暮れるものだったかもしれない。

表現者が時代のテクノロジーを扱ってみようとするのは、提供された技術の自明性を疑い、未だ可視化されぬ感触を手がかりに、そこに潜在する未来への何らかの可能性を暴き探ろうとするからである。
いきなりくだけてしまうが、「体張ってるな、律儀だな」アーティスト。。。と、今さらながら感心してみたりした。自ら体験し体現せよ、という自戒をもちつつ。

なんか、固いレビューにするつもりはなかったんだが、カチカチだな。でも、顔をしかめて「凝視」しながら会場を歩いたという記憶があるのです。

「ヴィデオ」はもともと、ラテン語の「videre(見る)」の一人称単数形「video(我見る)」に由来している。であるならば、単に媒体や機材の固有名であるという事実をこえて、ヴィデオとは「見る」、すなわち美術における根源的な問いを含み持つ語であると言えないだろうか。したがって、この原理的な意味に引きつけて展覧会のタイトルに冠せられた「ヴィデオ」とは、展覧会に出品される全ての映像に共通する問題意識を指しうるものとの期待を込めてつけられたものでもある。 三輪健仁著,『ヴィデオを待ちながら映像、60年代から今日へ』展図録, 東京国立近代美術館, 2009, p13


「画家の眼差し、レンズの眼 - 近代日本の写真と絵画」
@神奈川県立近代美術館葉山館, 6月27日-8月23日

日本の近代美術の洋画家達は、なんて絵が下手なんだろう。。。と、長らく思ってきた。(ごめんなさい。愛着のある作品も沢山あります。)いやしかし、この展覧会を観て、びっくり仰天。眼から鱗の連続だったように思う。近代油画をみると、人間のプロポーションが歪だなと思うことが多々ある。しかし、絵のもととなった写真に写された人々と比べて見ると、なんとそのものなのである。洋画家達は、写真という新しい「眼」に映し出された像を、そのまま正直に写し取っているのである。現代の我々の眼から見ると、絵に写された身体の方が、まだ自然に見えたりもする。

19-20世紀にかけて、日本には西洋の写真技術と洋画が伝わり、美術に大きな変革がもたらされた。この展覧会では、その絵画の変貌と、それに欠かせないはずであったレンズ越しの眼差しを対比している。また、絵画が新しい「眼」を取得し、そこに独自の何かを加味しキャンバスに投影しようとしたり、ピクトリアリズム(絵画主義)の写真のように、写真もまた絵画に写し取られた視点を模倣し、芸術としての可能性を模索しようとしたり、といった絵画と写真が寄り添い、互いに影響を与えつつ、それぞれの表現の独自性を探求してきた変遷も追っている。

まず、幕末・明治期に活躍した写真家横山松三郎の手控え(覚書)は、本来全ページ捲りたいところだ。光のスペクトル図を描いたものや、左目を見開いた顔のスケッチ、写真鏡の仕組み、カメラの設計図など、横山の研究熱心な様子が伺える。

高橋由一や浅井忠といった洋画家達は、写真の性質を慎重に吟味し利用しながら、スケッチや油画作品の制作に取り組んでいる。写真からモチーフをトリミングし描かれた油画、逆に写真には写っていないモチーフを付け加えることによって描かれた油画。それらを対比できるのは、表現プロセスのコラージュを体験するようで、おもしろかった。

印象派の画風が確立されたのは、あのように見えていたからだという話があるが、レンズ越しのフレーミング、採光、フォーカスの按排と絵画の関係も興味深い。三宅克己はうまい。自分でも写真を好んで撮影していて、水彩画に結実していく独特の光と影の陰影やぼかし、とにかくうまい、器用。岸田劉生や特に中川一政らの静物画は、写真と対比されると、なんかセザンヌのそれを見ているような感じもしてくる。

時代の技術がもたらす「眼」と表現の関係を対比させていく試みは、観る側にとっても、発見の連続となる展覧会だった。ここにあげた3つの展覧会の中では、「おっー」と、単純に楽しみながら見れたものだったように思う。


「‘文化’資源としての炭鉱」
@目黒区美術館, 2009年11月4日-12月27日

この展覧会は以下の3つのパートから成る。Part3は、場所も別会場(ポレポレ東中野)であり、上映期間もすでに終わっていて、残念ながら見れていない。

Part.1-<ヤマ>の美術・写真・グラフィック
Part.2-川俣正コールマイン・プロジェクト〜筑豊、空知、ルールでの展開
Part.3-映像の中の炭鉱

Part.1-<ヤマ>の美術・写真・グラフィックは、4章から構成されている。

展覧会の導入がうまく、良かったように思う。第1章は実際に炭坑で働いた人達による絵の記録が連なる。会場を入るとまず、井上為次郎の水彩画『明治時代の炭坑風俗』、千田梅二の木版などが並ぶ。脳裏にあった硬質で厳しい炭坑への先入観とは裏腹に、そこに暮らすそれぞれの家族の営みの息づかい、人肌といったものに、はっとした。当たり前のことであるのだが、炭坑の暮らしを一括りにできるわけもなく、生活のディテールには体温がある。

次の部屋に入ると、山本作兵衛という元炭鉱夫による炭鉱記録画が総覧できる。山本は、炭鉱を退いた1957年以降、次世代に炭鉱の記憶を伝えるべく、墨や水彩でおびただしい坑内の情景を描き、文章を添えている。同じモチーフと文面が何度も描かれ、物語性をもった1つのフォーマットをなしており、描写力や手法は違うものの、日本の絵巻物や浮世絵などにおける風俗、生活情景の記述法を思い浮かべた。

現在、戦後社会の高度経済成長を支えた産業の一つが炭坑でした。全国の炭鉱で、大勢の人々が働き、それぞれの炭鉱社会を築き上げました。それらの有り様は一様ではなかったはずですが、急速に発達するマス・メディアに夜報道や商会の多くは過酷な労働、落盤など危険な仕事、労使の対立といったイメージに一般化してしまったといえるでしょう。ー略ー さらに、その美術が各産炭地の生活レベルに浸透し得て各産炭地の生活や文化の差異・類似を明らかにするならば、ローカリズムとされてきた炭鉱問題を、近代、世界の問題として思考する道筋を提示することに成るかもしれません。 『‘文化’資源としての炭鉱』図録序文, 目黒区美術館, 2009

第2章は、野見山暁治をはじめとする美術家達が描き残してきた炭坑の情景。第3章は、炭鉱と写真とつづく。個人的に第1章の後、間違えて第3章に入ってしまったため、差異にはからずもショックを受けてしまった。土門拳の『筑豊のこどもたち』の写真は何度か見たことがあったが、以前の印象と異なり、外部からの鋭い眼差しが切りとった情景に、写ったものと写らなかったものの存在を強く意識してしまったからだ。土門の功績はいうまでもないが、それを超えてより内部と同じ距離の中で炭鉱を写し取ろうとした庄田明の写真や、炭鉱記録文学者上野英信らの活動など、「炭鉱への距離感」を違えて、多様に撮影されてきた写真が並列されていた。第2章も含め、第1章から第3章、そして第4章のグラフィックへとたどると、「炭鉱」を取り巻く表現の断片が、こんなにも無数にあったかと驚かされる。当事者の目線から外部からの客観的観察へ、どの眼差しが忠実かということではなく、その振り幅の大きさがこの展覧会の魅力、充実だったように思う。

隣の建物に移ると、Part.2-川俣正コールマイン・プロジェクト〜筑豊、空知、ルールでの展開がある。『景』と題されたインスタレーションそのものは、川俣の手法として、そのまま眺めてしまったが、10年以上継続されてきたこのプロジェクトが、2010年ドイツのエッセン市で新たな試みを含め展開されるということを言及しておきたい。
エッセン市はルール工業地帯の中心的小都市の1つで、来年は欧州文化首都の年を迎える。街中には、20世紀の前衛芸術を支えたパトロン、コレクターでもあったオストハウスに由来するMuseum Folkwangがあったり、ダンスパフォーマンスの歴史を語る上で欠かせないFolkwang Tanzstudioなどがある。また、メディア批評、デザイン学の第一人者ノーベルト・ボルツが1992-2002年まで教鞭をとったり、写真家アンドレアス・グルスキーを輩出したりしたエッセン総合大学(2003年の統合により現デュイスブルグ-エッセン大学)もここにある。エッセン総合大学自体は、割と新しく70年代に設立されたのが、ルール地帯の炭鉱業からサービス業への構造転換を意識し創立された大学でもあった。北部には世界遺産にも登録された炭鉱跡地Zollvereinがある。ちなみに、この場所には当時の建物を再利用したギャラリーやデザインミュージアムがあり、また、敷地の一角には、マネージメントとデザインを同時に学べるMBA大学院大学zollverein school of management and design (建物はSANNA設計)が建つ。
このように、炭鉱から文化を支えるインダストリーへという歴史的な基点を持つ都市なだけに、2010年のエッセン文化首都年は、数年前から力を入れているようだったし、どういうことが行われていくか注目していた。そんなこんなを考えると、ローカルに潜む普遍の問題を追い続ける作家には、時代や周りの思惑が見事に合致し、自然とついてくるのだななどと思ってしまう。「ローカリズムとされてきた炭鉱問題を、近代、世界の問題として思考する道筋を提示すること」は、この展覧会の挑戦でもある。

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その他の企画展として気になったのは、「ロシアの夢 1917-1937」@埼玉県立近代美術館。2008年度の「青春のロシア・アヴァンギャルド」@同館を見逃していることが悔やまれる。

コレクション展としては「国立西洋美術館開館50周年記念事業 かたちは、うつる—国立西洋美術館所蔵版画展」@国立西洋美術館。これは、同時期に前述の「画家の眼差し、レンズの眼 - 近代日本の写真と絵画」や「光 松本陽子/野口里佳」@国立新美術館が開催されていて、切り口は違えど、「うつす」という視点から視覚芸術を捉え直す意味で興味深かった。さらに、常設というか「国立西洋美術館開館50周年記念事業 ル・コルビュジエと国立西洋美術館」@国立西洋美術館は、単純にお宅拝見ならぬ、美術館の建物拝見といった感じで、楽しめた。

作品そのものの印象が強く残った展覧会も、いくつかあった。
「光 松本陽子/野口里佳」@国立新美術館
「河口龍夫展 言葉・時間・生命」@東京国立近代美術館
この2本は、思うことが沢山あって、今書ききれません。

デザインに関する展覧会もいくつか見た。デザインの展覧会が沢山開催されるようになったのは嬉しいことだが、1人のデザイナーに焦点を当てた企画は増えたものの、デザインのある視点から時代を読み解くといった試みは、あまりないように思う。文化としてのデザインの検証は、残念ながら、我が国では大変遅れている。真摯にそれらの活動をしようと思っておられる方々もいらっしゃるので、これからに期待したい。

余談ですが、2009年自分がお手伝いした美術館での仕事は、『絵ニ入ル』@山口県立美術館。秋の雪舟作品公開に合わせて上映した拡大映像の上映。
年末に学芸の方に終わってみての状況を伺ったところ、美術愛好家や専門家、こどもたちはおもしろがってくれるが、広く一般を振り向かせるのは、なかなか難しぃ。。。かったみたいですね、やっぱり。。。まあ、ふらっと立ち寄ったオルセーの学芸員が、おもしろがってくれたみたいで、それは少し良かったかなと。また、別の文脈での話ではあったのですが、「美術館がやろうとしていることと、美術館に求められていることが一致しない」という話は、なかなか頭の痛い、難しい問題です。

2009年、意外と展覧会にはずれのない年でした。それだけピンポイントでしか回っていないだけで、近年数見れていないということもありますが。2010年、すでに昨年から開催しており、期待している展覧会が目白押し。今から楽しみです。

投稿者 raumraum : 04:29 PM | コメント (0)