インタビュー1: 伊藤弘之01

本公演の全楽曲を手がけた伊藤弘之氏に、普段明かされることのない作曲活動の制作課程についてインタビューを敢行。美しい現代音楽に秘められた、作曲家の熱い想いがあった。

伊藤弘之インタビュー01:

1.「曲のイメージと作曲」
—–伊藤さんは作曲をする際、まず具体的なテーマを決めてから書きますか?それとも、実際に観た景色や、経験からインスピレーションを得て書きますか?
伊藤:うーん、どちらとも言えないですね。曲によって様々です。私の作品には森や木々の揺れから着想を得たものがいろいろあり、その中の3曲を今回の『音楽の展覧会』で取り上げています。そんなこともあり、この催しのサブタイトルを「森をめぐって」にしています。ただ、作曲の最初の段階で森のイメージがあったとしても、私の場合それはきっかけに過ぎません。最終的には音楽としてより美しく成立するように書きますから、時には森のイメージから少し外れていくこともあります。また、イメージするものが架空の森のこともありますし、最初は抽象的に作曲を進めていきながら、途中で、これはあの時に見た森のイメージだ、気づくこともあります。

2.「作曲法のひみつ」
—–作曲の過程を教えてください
伊藤: 私の作曲のプロセスは、大きく三つの段階に分かれます。まず、おおまかな全体像を決めます。あくまで最初のプランですから、作曲しながらどんどん変わっていくこともよくあります。使う素材の出てくる順番が変わったり、やっぱりうまくいかないのでこの部分はボツにしようとか、別の何かを作って差し替えたりすることもある。だいたい全体像の見通しが立ったら、第二段階として、細かい部分を確定していく。この作業は相当に時間がかかります。(中略)実際に楽譜にしていく作業が、私の場合、最後にきます。

—–それまでの作業は、全部頭の中で作り上げる、ということですか?
伊藤: いえいえ(笑)。頭の中だけではそんなにすべてのことはできなくて、私は作曲の途中でパソコンを多用し、細かいことのかなりの部分はパソコン上で確定させていきます。

—–そこには、伊藤さんなりの秘密の手法があるのでしょうか?
伊藤: 秘密というか。まあ、あまり話さないようにしているのだけれど‥•

—–企業秘密ですか?
伊藤: そう、企業秘密(笑)。いちばん上等なお料理って、だいたい出来上がった形で出て来るじゃないですか。途中でどんな風に作っているかは知らない方が、多分、おいしい(笑)••• で、最後の三つ目の段階、五線紙に音符として定着させていく作業ですが、ここで、最終的に音楽がより豊かになっていくような情報を加味しながら、演奏家が読めるかたち、つまり楽譜にしていくわけです。このような三つの大きな段階を経て書いていくので、私の作曲はいつも相当な時間がかかります。

—–伊藤さんの二番目にくる行程は、他の作曲家の人と比べたら珍しいのではありませんか?
伊藤:他の作曲家がどうやって作曲しているかは、あまりはっきりとはわからないけど、おそらく10人いたら10通りの作曲の仕方があるんだと思います。そして作曲の仕方が大きく違えば、出来上がる結果も大きく違う可能性があります。ユニークな作品を作りたければ、ユニークな作曲法を見つけたらいいとも言えますね。従来からの、ピアノの前に座って音を確かめながら音を五線譜に定着させていく方法や、ピアノなどは使わずに頭の中で鳴った音を書き取っていくやり方とは違った「独自の作曲方法」を、編み出して来たように自分では思っています。

3.「作曲法、その背景」
—–伊藤さんの秘密の作曲法がどこから来ているのか、教えていただけますでしょうか?
伊藤:最初のきっかけはカルフォルニア大学サンディエゴ校への留学です。留学の一番の目的は、当時そこで教えていた湯浅譲二に作曲を習いたいということでした。彼の作曲の仕方は変わっていて、最初に、A3サイズくらいの大きな方眼紙に(グラフ用紙と彼は呼ぶのですが)縦軸が音の高さ、横軸が時間として、音楽の設計図のようなものを手作業で書くんです。彼は今も昔もほとんどすべての曲をこの手法で書いて来ました。もともとこれは、湯浅先生の電子音楽の作曲体験からきている。テープ音楽と呼ばれていた時代の電子音楽を、若い頃にたくさん作ったんです。それがのちにコンピューター音楽となっていくのだけど、最初期のテープ音楽の時代に、湯浅先生は、方眼紙に音の設計図みたいなものを書いて作曲した。それを技術者の協力を得ながら、最終的に音にしていったんです。

—–私たちが当たり前と思っている作曲の方法とは全く違っていたのですね
伊藤: 湯浅先生は、大づかみに言うと、電子音楽の重要作を初期にたくさん作って、やや後追いで、数多くの本格的な芸術音楽の器楽作品を書いていったんですが、電子音楽の制作体験を応用して、きわめて独創的な、オーケストラ作品をふくむ、たくさんの器楽音楽を作り上げました。そういうやり方を湯浅先生に直接習いながら間近で見ることができて、みんなと違う作曲の手法を取れば、ユニークな曲が作れる可能性があるということを知ったのです。それが、今の作曲の仕方を私が探しはじめた大きなきっかけだったと思います。五線紙的な発想からスタートして音楽を書かなくちゃいけないという固定概念を、湯浅先生に作曲を学びながら、崩すことができたとも言えますね。

—–伊藤さんの作曲の仕方も湯浅譲二さんの作曲の仕方と同じということですか?
伊藤: いえいえ。私は湯浅先生とは世代も全然違うし、美的な価値観もけっこう違います。それに何より湯浅先生は生徒が自分のまねをすることをとても嫌がるんです。ですから、先生から大きなヒントをもらい大きな影響を受けましたが、私自身の作曲方法、自分独自の音楽を私なりに探して来たつもりです•••。私がアメリカに留学していた時期は、ちょうどパソコンが個人で持てるようになった時期と重なるんですよ。最初に買ったのがちょうど、あれ、テレビの下にあるパソコン(古いマッキントッシュを指して)、あれは捨てられずに今でも持っています。あれを使って、パソコンを使った作曲の方法を、自分で作曲家と名のれるような曲が書けるようになったかなり初期から探していました。そして留学の終わり頃、だいたい1994〜5年頃に今の作曲方法を見つけました。それ以来、ずっと同じやり方で作曲しているので、もう20年以上になるわけですね。ただ、生身の人間がアコースティックの楽器で奏でる音楽を作るのが、私が作曲家として一番興味があることです。だから、この話をしなかったら、私の作品の制作過程にコンピューターが絡んでいるとはおそらく誰も感じないのではないでしょうか。

—–伊藤さんの曲を聴くと、人間の声のように微妙な音程感が非常に印象的です。人の温かさというか、人の感触を感じます
伊藤:人間的な質感というのは、最初から私が作曲で使う素材の中に織り込んであるし、楽譜化された最終的にも残るようにしてあります。この辺のことは、実は、私はいつも、聴く人の心の深いところに降りて行くような音楽を書きたいと思い続けて作曲を続けてきている、そのこととも関係しています。(続く)

インタビュアー:岩澤葵
音楽の展覧会実行委員会マネジメント補佐。演奏者として活動する傍、コンサートマネジメント等も手がける。日本大学芸術学部音楽学科卒。

写真:矢島泰輔

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